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<<   作成日時 : 2017/07/14 22:46   >>

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2017,9,3〜8     於、中華人民共和国

中国は、昔行った時にこんなことがありました。
私が中国に行ったのは、20数年前でした。卓夫が小さい時に、満州から引き揚げてくる途中、妹と弟を餓死のために亡くしました。その供養に同じ開拓団の方々と、私たち家族5人(海映、乙水、帆姿)が行ったのです。その時には、共産党のガイドが付き、大きな家は「働き者のいえ」小さな家は「怠け者のいえ」と説明するので、「働きたくても働けない人は?」と聞いたらすかさず[泥棒か乞食]と答えたのでした。「福祉」なんていう考え方はこの国にはないのか?と思ったのでした。今、どう変わってきたのか。
それを見てくるのが今回のテーマでした。

まずは羽田から北京に飛んだのですが、北京についたら、まるで別の国に来たかと思ってしまうほどの変わり様でした。北京の中心部は、広い広い片側6車線、多いのは10車線もある広い道路が、立体交差しながら走っているのです。信号が少ない。横断歩道は、なんと地下道です。その周りに高い高いビルが立ち並んでいるのに、更に建設中の建物がたくさん。よく見るとどの道路にも自転車専用道路があって、そこには、たくさんの同じ色の自転車が並んでいます。一番多いのが黄色、次がオレンジ色、ほんの少し青いのがあります。これはほんの半年前から始まったという乗り捨て可能な自転車群なのでした。アメリカ資本が無料で貸し出しているのだそうです。管理を誰かがしているのだと思いますが、スマホで登録してあれば、スマホでカギをはずして、使った後どこに置き去ってもいいのです。黄色の自転車が始めたら、これはいける、と思われたのでしょう。オレンジの自転車が参入しました。そして青いのまでが参入して、今は3社が無料で貸し出しています。そのうちお金を取るようになるのだろうと、一緒に行ったメンバーの方が言っていました。「孫正義のやり方だ」とも。初めは無料で、とにかく使い勝手がいいとみんなが思ったら、それが制度化するだろうというのです。政府は黙って見ているとのこと。日本でこれを始めたら、何か変えなくてはいけない法律があると言っていました。道路交通法かな?排気ガスの問題が、この自転車で少し解決するようです。
北京のスモッグは、なくなってはいませんでしたが、少し減ってきているようです。何しろバスの90%は電気が動力だそうです。それでもマンションの建設が一番早いようで、渋滞と、地下鉄、バス、の乗り場には、待っている人たちの山でした。車でも公共交通でも所要時間がものすごいことになるようです。計画経済が得意だと誰か言っている人がいましたが、マンション建設の速度を減らさなくては、この渋滞は解消しないように思えました。「怠け者のいえ」とガイドされていたスラムは目につきませんでした。北京オリンピックの時になくしたと言っていました。

今回旅の間中、通訳としてついてきてくれた40代の男性黄さん(こうさん)はその昔京都大学に留学した時に、笹野貞子さんと出会い、それ以来ずうっと笹野さんと付き合い続けていて、いま彼は、国家発展改革委員会の主要なメンバーとなっている。その一員として、私たち22人の一行についてきてくれていた。今は介護保険を作る仕事をしているとのこと。この人なくしては今回の研修旅行は成り立ちませんでした。

この度旅行は、参議院議員の同窓会である参議院協会の研修旅行でした。同行のメンバーは22名、うち元議員が、13名、女性が5名、男性は、8人のうち6人が夫人が一緒。姪御さん、秘書さんが一緒に来られた方、そして参議院協会の事務局長徳永さん、という構成でした。議員13名は、共産党、自民党、公明党、などのほか、色々な政党や、無所属の方など。中国の方では、国家発展改革委員会(元計画経済省だった)国際交流センターという役所が受け入れをしてくれ、北京に着いた日はすぐにそこの役所を訪問しました。すでにご紹介した黄さんがまず空港からこの役所まで行くバスの中で話したくれたところでは、習近平さんになってから、腐敗撲滅というスローガンの下、飲食を提供することに対して、とても厳しくなったとのことでした。腐敗が、飲食から始まるからだそうです。腐敗撲滅はいいのですが、その結果いろいろと厳しくなりすぎて、窮屈ということもあるとのことでした。この役所では、8人が並んで私たちと対面しましたが、8人中女性が二人でした。参議院協会がいろいろな政党の人が一緒にいるということが、中国側の人には、とても不思議だったようでした。共産党一色なのですから、もっともなことです。
この時の説明では、スモッグ対策が印象的でした。車のナンバーによって、運転してはいけない日が週に何回かあるようになっているため、車2台買って、毎日使えるようにしている家もあるとのこと。
全国代表人民会議、が日本の衆議院に当たり、ここが法律を作るが、もう一つ参議員に当たる何とか会議があるとのこと。
中国の経済は、穏やかに発展している。成長率は6%ぐらい。
北京の環状線道路は、地下に防空壕があったり、市場があったりする。立体交差になっていて、信号はない。

この後日本大使館を訪問。大使が不在で、副大使からの説明あり。曰く「ここではすべてスマホで決済するため、現金は持ち歩かない、名刺交換がない、クレジットカードを持たない」大使館は、中国の領土ではない、と言われたからなのか、不思議に気持ちがリラックスして、私は、説明が一段落した時に「質問」と言って手をあげて、「働く意欲があっても働く能力がない人は、泥棒か乞食」と言われた話を披露。皆さんびっくりした様子。大使館の方は、「今はそれほどのことはありませんが、まだ乞食はいます。でも社会保障という考えがだんだんに広まってきています」との回答。

夜は、北京ダックのおいしいレストランで、国家発展改革委員会のメンバーと一緒に歓迎パーティが開かれました。北京ダックは、私の両親が大好きで、横浜の中華街にこれを食べによく連れて行ってくれていたので、懐かしかった。この日は3つのテーブルに別れていて、どこにも、中国の人が入っていたのですが、その中には、東大に留学していたという人もいるのに、話が込み入ると、黄さんを呼ばなくてはならなかったのでした。

翌4日の朝、少し雨が降っていたけど、ホテルで傘を借りて散歩に出ました。するとだんだん雨がひどくなって、引き返したのですが、道が川になってしまって、靴はもちろん、洋服類もすべてびしょ濡れ、それを着替えて、北京空港に行ったのですが、雷のために飛行機が発車できず、空港で、3時間も待たされる羽目になりました。この日は、西安に行ったのですが、西安での見学がかなり少なくなってしまいました。西安は、中国で一番古い首都です。秦の始皇帝が、全国を統一して、中国文明の元を作ったところで、仏教もここから始まったのでしょう。大きな宗派が8つあるのですが、そのうち6つが、ここに本部があるとのこと。
空海が修行に行ったというお寺青龍寺、三蔵法師がインドから持ち帰ったサンスクリット経典や、仏像などが、おさめられている7階建ての大雁塔、神へのお供えとして、人間をいけにえにしていたのが、埴輪に代わり、その埴輪が遺跡として出てきた兵馬俑(へいばよう)博物館などを見学することができました。
陝西省(せんせいしょう)の首都が西安。実は、習近平はこの陝西省の出身。ここは、石油、石炭などエネルギ−の産地であり、またリンゴ、ブドウ、キュウイ、アンズなど果物の産地でもある。陝西省の要人たちとの交流もあって、色々と聞くことができた。夜繁華街に行ったら、実にきらびやかな照明がたくさんついていて、人もたくさんいた。そこにはお貰いさんもいた。60代に見える女性が二人で、お椀のようなものを持ってせびりに来ていた。私は、買物はカードでするので、元に交換せずだったので、「ノーマネー」で通していた。おもらいさんたち2人とも、どこも悪いところはなさそうで、仕事に行けばいけると思える人たちだった。
西安も高層ビルがたくさん建っていて、その上まだ建設中のマンションがたくさんだった。

いよいよ今回の旅行のメイン敦煌です。この字、私は読めませんでした。トンコウ、だそうです。5日の夜10:30に敦煌空港に着きました。空港がライトアップされていてとてもきれいです。敦煌でただ一つだという5つ星ホテルに11時過ぎにつきました。

井上靖の小説[敦煌]を読んだという人がたくさんでしたし、その映画を見たという人もたくさんでした。砂漠の中のオアシスである敦煌、シルクロードの出発点である敦煌。行ってみたら驚きました。敦煌自体が標高900メートル、そこからさらに登って、1400メートルのところに莫高窟(ばっこうくつ)があります。砂漠の中にある岩盤を掘って、その中に仏像などが、彫られているのでした。その仏像たちの表情が、これまで見たどの仏像よりも高貴に見えました。モナリザの東洋版という感じかな?何とも言えないやさしいオーラが出ています。平山郁夫が「美人菩薩」と名付けたと言われる仏像は、法隆寺でも作られて、昔10円切手になっていたものなのではないかと私が想像しています。ブッダ、アナン、など仏教の最高指導者の皆さんは、女性でも男性でもないと言われました。それはとても分かる! と思いました。仏像は、いつ見ても女?男?どっちだかわからない感じがしていました。両性具有というのでしょうか?
卓夫は仏像が大好きなので、リタイアしたら一緒に行きたいと思いました。でも彼がリタイアするのはなくなるときのような気がします。

この日も夜は、敦煌市の市長初め、幹部7人と交流会がありました。市長が若い。更にメンバー中女性が4人、男性が3人でした。女性たちはみんな若くて、一人の人は、北京大学を出た後、東大にも1年いたと言います。いろいろなやり取りがあったのですが、ここ敦煌は、主力産業は観光で6割、持続可能なエネルギーをたくさん使っています。太陽電池、電気自動車、など。そのほか、農業はコメのほか果物が多く、アンズ、ブドウ、モモなど。

私たちが泊まったホテルの裏が、用水池なのでしょう、幅が100メートル、長さが、2キロぐらいあるため池がありました。翌朝一人で散歩に出ました。橋を渡って反対側の岸を歩いて行くと、池の真ん中に島があって、その島では10人ぐらいの人が太極拳をしています。私も仲間にはいろうと考えたのですが、その島には、飛び石を渡るという方法でしかいけないのです。3つぐらい進んではみたのですが、飛び石は、30センチ四方の正方形、となりとの間は20センチぐらい。わたりかけてはみたものの、足元がふらついたりするので、落ちたら大変と思って、3歩でやめてしまいました。10年前だったら確実にわたっていたでしょう。飛び石と同じ高さ(水面から5センチぐらい高い)の30センチ幅の「道」がついているのです。これはすれ違うことができないので、途中横に半径20センチぐらいの半円が飛び出しています。私はその橋を渡って反対側に来ました。すると、川っぷちから少し上がったところにある道には、アスレティックのような道具が道に並んでいます。人々は、首なら首、腰なら腰、をマッサージしています。無料のリハビリセンターという感じでした。まだ介護保険がないそうなので、「自分の健康は自分で守る」を多くの人が実行しているようでした。
このことをその後のバスの中で、マイクを握って皆さんに報告したところ、こんな意見が返ってきました。
「日本にも川に飛び石がある。かもがわ」とのことでした。知らなかった!
今度京都に行ったらぜひ見てみたいと思いました。
川が増水したりすることがない、ということでしか成り立たないと思ったのですが、かもがわでは、増水したら、飛び石は、水をかぶってしまうのでしょうね。

7月14日、中国の平和人権活動家の劉さんが亡くなりました。とっても残念なことです。こういう方を大事にできる国になった時に、中国も、「中華人民共和国」と言っていいのではないでしょうか?
実は、ホテルで、テレビをつけると、NHKが出てきました。ところが音声が出ないのです。故障だと思って、フロントに連絡をしてきてもらいました。その人は困っていました。翌日聴いてみたら、どの部屋もNHKの音声は出ないのです。14日朝のテレビによると劉さんが亡くなった途端に、中国ではその放映画面が黒くなったそうですね。
そういう国だから、優秀な若者たちは国外脱出を試みているようです。帰りの飛行機で隣に座ったのが、慶応大学に留学に来ている男性(22歳)でした。彼は、大学1,2年はパリで、3,4年は慶応で、今は修士なのだそうです。卒業したら、日本の企業に勤めるとのこと。中国では、ツウィッターもfacebookもないけど、ほかの方法で若者たちは、情報を集めるのですね。彼が言うには、「日本の方が住みやすい」のだそうです。先日初めて日本に来た両親が、「聴いてはいたけど、ここまでだとは思っていなかった」と大変驚かれたそうです。日本人の順法精神とか、おもてなしとか、丁寧さとかだと言っていました。

最後の日は、北京で、国家発展改革委員会のメンバー50人とこちらのメンバーとの交流会でした。テーマは、「幸せな人生を送るために」というもので、高齢者の医療福祉が話題の中心となっていました。中国側が話をするのは、もっぱら理念のようなもので、「習近平が言うように」という枕詞がついているのがほとんどでした。「養老」という言葉が使われているのが印象的でした。その言葉に疑問を投げかける発言もありましたが、昔々日本でも「養老院」と言っていたことを思い出しました。中国側の皆さんが8人中女性が一人でしたが、日本側に移るや、まず笹野貞子さんが、「女性として、少子化対策に関心を持っている、まだまだ女性が大切にされていないことが、少子化となっていると思う」と口火を切ってくれたので、その後に女性たちがどんどん発言しました。岡山から出てきていた姫井由美子さんは「私は議員になる前は、司法書士でした。中国にはその制度がないようですが、日本では、高齢者の成年後見などを引き受けています」と言ったら、中国側は結構真剣に聞いていました。それに続いて私も発言。「新潟で、高齢者、障がい者の施設を運営しています。夫が在宅医療ということで、往診を中心とした医療をしているので、私のところで運営しているケアハウスも、認知症のグループホームも病院でなくなることはありません。昔毛沢東は、≪天の半分は女≫といったので、中国ではどんなに女性が活躍されているのかと期待してきたのですが、今日も発言者の中に女性が一人で、驚きました。日本と同じですね」と言って笑いを誘いました。
 日本のような介護保険制度を今作ろうとしているところだということでした。

いろいろと考えることが多かった研修旅行でした。



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